孫行者と旅する心の世界

孫悟空を「修行する者」という視点で読んでみる。そして不思議な話も時々・・・。

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新ブログのタイトル変更しました

件名にすべて書いてしまった・・・。

件名のとおりで、新ブログのタイトルを変更いたしましたというお知らせです。

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新ブログ開設しました

魂の世界を歩く

こちらです。

これからはこちらを中心に展開していく予定ですので、よろしくお願いします。

ブログ開設の予定

 「何をグズグズしとんねん!」と思われてるよねえ・・・、と不安になっている今日この頃でございます。

 すみません、新しいブログはここです。

     魂の世界を歩く ←ここをクリック


 どういう理由で「やります、やります」と言いながらもブログの開設がこんなに遅れているかと言うと、理由はいくつかあるのですが、大きな理由の一つとして「記事の内容の取捨選択に迷っている」というのがあります。
 実はここ何年かで私には立て続けに不思議な出来事が起こっています。そして今回、本来なら「神の領域」と言えるようなところにもほんの少し踏み込ませてもらうことができました。
 これから霊能者、宗教家という立場になろうとする私にとっては、その自分自身のバックボーンはとても大切なことです。私が神に対して、信仰に対して、そして人間が生きることに対して、なぜそのように思うのか、そのように思う背景はどういうものなのかということをきちんと説明できないことには、つまりそれらのバックボーンをできるだけ明らかにしないことには、いわゆる「説得力」が生まれないのです。
 私が発する言葉は、決して誰かが言ったことの受け売りではなく、誰かの言葉の引用ではなく、私が動き、私が感じて考えた末に得た「私の答え」であることがわかってもらえなければ、宗教や霊能なんて表面上の言葉だけなら、真理なんて似たような表現しかできないゆえにだいたい同じような言葉や文章になります。そうなると説得力がないのです、説得力のない教えなんて、聞くだけ時間のムダなのです。だって、そういう方面の本をたくさん読めば、うわべの知識だけなら誰でも身につけることができますもの。もし表面だけを上滑りしていくような知識の羅列なんていくら読んでも、別に私でないといけない理由などないではありませんか、誰が書いても同じでしょう?私には自分の力で得たものがあるのですから、それを言わないと・・・、ね?

 そんなわけで自分自身のバックボーンをきちんと話す必要があるのですが、それはつまり「自分のプライバシーをさらけだす」ということになります。
 すべての思想に私のバックボーン、つまりその思想を成り立たせる背景や考え方のプロセスがあることを知リ、それらすべてを記事に書けば、みなさんは納得し、そして私の思想が信頼できるものだとわかってもらえるでしょう。また、それぞれが自分自身に当てはめてあれこれと思索する際にも役に立つでしょう。
 ところがそんなことを思いつつも、私の前には問題が立ちはだかります、つまり、「どこまでネット上で自分のプライバシーを書くのか」という問題です。
 いや、自分自身のプライバシーだけではありません。先ほど、「ほんの少し神の領域に踏み込ませてもらった」と書きましたが、もはや私の体験は「霊が昨日現れましたー」みたいな普通の心霊現象ではなく、「神との対話」になりつつあります。神にプライバシーがあるのかどうかはわかりませんが、神に対する礼儀として、あるいは神の意志を正しく仲介する立場の者として、「こっそりと神に教えてもらった事実をどこまでネット上で書いても良いのか」という迷いもあります。
 
 「自分のプライバシー」、そして「神との対話の内容の開示」、この二つをどこまで書けば良いのか。もちろん詳細に書けば書くほど私の発する言葉に説得力が加わることは間違いないのですが、それでは自分のプライバシーが守られない、そして神に対する礼節を欠くことをやらかしてしまうのではないか、それを考えると本当に迷ってしまうのです。

 しかしこれらのジレンマに陥っているだけでは前に進まないので、ブログは開設することにします。
 いくつかの記事の下書きのようなものはすませてあって、だいたい何を書くか、何を伏せておくかを選んで大ざっぱに書いておきました。それで結局、話の半分ほどは伏せてしまったのです。ブログで伏せた話のいくつかは、直接みなさんとお会いした時に話すか、何か特別の機会があった時にでも話すか、そんなふうになるでしょう。中には、気軽にブログが読める環境で気軽に読ませるわけにはいかないと思う内容もあります。わざわざ私から直接話を聞いてほしいと思うほど価値のある話、あるいは、もし霊能者を志す人がいて、総合的にその人を見て「素質あり」と思った場合、その人にだけ教えてあげたい神界のお話などもあります、しかし当然ブログには書きません。そんなわけでけっこう多くのことを「書かない」と決めたブログでもあります。

 そうそう、ブログの開設が遅れている理由が複数あると書きましたが、今書いた理由以外の理由も伏せることにします。
 なんだか伏せることが多いままで開設するのですが、現時点では仕方ないですね。

 前の記事で、開設を焦るあまり「年内に開設する」と書いてしまいましたが、考えてみたらこの忙しい年末に開設してもなあ・・・と思いまして。年始もなあ・・・と思いまして。どちらもタイミングがイマイチに思えました。
 ということで、お正月を過ぎた頃の1月20日に開設すると思います。
 リンク先は上記のところですので、またヒマがあったら見てやってください。
 よろしくお願いします。


(12月30日0時20分、少々文章を書き直し、いくつかの間違いを修正しました)




新しいブログ開設の予定

このブログの更新もなく、新しいブログ開設のお知らせもなく、ほとんど放置のような状態になり申し訳ありません。

現在、年内に新しいブログの開設ができるようにがんばっているところです。

新しいブログは、このブログとは別のURLになります。
また開設いたしました際には、ここでお知らせいたしますので、その際にはよろしくお願いします。



お待たせしております

 新しいブログの開設に時間がかかり、たいへんお待たせして申し訳ありません。

 実はかなり邪魔が入って、なかなか開設に向けて進むことができなくなっています。

 以前にも「御魂を磨く」というコンセプトでブログをやっていたことがありますが、そのブログの開設時にも邪魔が入って煩わしかったのを思い出しました。でも、今回はそれ以上の霊障ですね。
 よほど邪魔をしたい霊たちが多いのでしょう。別に怖くはありませんし負けたりもしませんけれど、煩わしいのは確かです。
 前回は主人が車を運転中に追突されるだとか、私が玄関に置いてあったサンダルの金具に足の親指の爪を引っかけて爪をはがしてしまうとか、このような事故が短期間に次々に起こってずいぶんと悩まされたものですが、今回は大量に霊が家の中に入ってきたりしています。
 今も家中でガタガタとかポコンだのパリンだのピシッだのと音がしてますけど大丈夫です、もう少ししたら一気にぶっ飛ばしますから。
 ただ問題なのはパソコンが故障しそうなことです。2週間ほど修理にださないといけないらしく、そうするとますます開設が遅れるので、せめて経過報告だけでもしておこうと思いました。そうでないと「もうヤル気ないのかしら?」と思われますものね。

 ヤル気は満々ですよ、今闘ってます。

 このブログ「孫行者と~」の開設の際はこんな邪魔はなかったと記憶しています。
 やはり霊能者、宗教家の立場で書く内容と、「西遊記を宗教的な角度から見てみましょう」という、宗教的とは言っても「西遊記を読む」というお気楽なブログは違うのでしょう。

 前回の私と今回の私が違うところは「モノに霊力が入れられるようになっている」というのと、「少しずつだが祈祷に力が入れられるようになりつつある」というところですね。やはりこれができないと霊能者とは言えず、「普通の霊感のある人」というだけなので。それから、以前なら小さなことやどうでも良いことに難しい理屈をぐちゃぐちゃとこねていたのですが、今回は着眼点がかなり違っています。シンプルだけど深いことに目を向けられるようになってきたように思いますし。

 なんだか自画自賛をしているような文章になりましたが、自惚れているわけではないので、それだけ自信がついたのだろうと寛容に受けとめていただければ幸いです。
 でも、もっともっと勉強が必要です、まだまだ足りないところが多いですからね。がんばります。



近況報告

 実は今、来年の公開を目標に新しいブログを作成中で、出来上がればこちら(新しいほう)を、いわゆる「本家」にしようと思っています。こちらは閉鎖せずに、折を見て書き進めるつもりでいますが、中心になるのはこれから作る新しいブログになります。

 前記事の「ちょっと寄り道6」で書きましたように、ちょうど1年ほど前に赤狐が再度現れ、神柱の神様のご神名がわかったかも知れないことをきっかけにして、今年は次々と不思議なことが起こり続けました。
 その「次々と起こる不思議なこと」はたくさんあるので新しいブログで書くことにしますが、今年はこの不思議なことに明けて、そして驚いている間に暮れた1年だったと思います。
 そして私は手に取ったものの波動を変化させたり、文章や物に霊力を入れたり、そういうことができるようになってきたのです。正確に言いますと、それらは以前からできるのですが、この1年でそれらの力がだんだん強くなってきたのです。文章はよく読解しようとせず、よく感じようとして読むと、今でも波動を感じることができる人はいると思います。ましてや新しいブログは、神よりいただいた数々の教えを皆さんに放出するわけですから、少しでも霊感のある人や感性を使える人なら、心を揺さぶる「何か」を感じることができるはずです。
 もうこのような力が現れてくると、私自身も「何かやらなければならない」と真剣に思うようになってくるわけで、今、何かに背中を押されるような感覚で、新しいブログを作成しています。
 どうか皆さんの悩みや迷いに添って生きていけますようにと子供のころから願ってきましたが、この年になって、また苦しみや悩みや喜びを分かち合える活動ができること、そして今回のこの神様のご利益を授けられるようになったことは私の喜びであり、そして私と縁のある人たちと共に、慰め、励ましあって人生を歩むことは私の悲願でもありました。
まだまだ修業不足で至らない点も多くあるとは思いますが、以前の「魂の世界を歩く」のブログの時よりはそれなりに進歩し、成長し、変化もしていますので、また私と縁を結んでくださる人たちが増えると嬉しいです。

 もう少しお待ちください。新しいブログについては、また、このブログにてお知らせいたします。


 
 (今、ブログのタイトルに迷っていますので、何か良い案があればサイドバーのメールフォームからご意見ください。
 以前のブログのリニューアルということで「魂の世界を歩く2」にするか、「御魂磨きの会」にするか、あるいはそのどちらでもない別のタイトルにするか・・・。)





ちょっと寄り道6

ちょっと、おもしろくなってきたかも・・・

 
 ずいぶんと更新が滞って申し訳ない。
 
 実は、このゴールデンウィークの間に引っ越しをした。それで正直なところパソコンどころではないほど忙しかったというのもあるが、引っ越しも含めて、多分私には大きな変化期が訪れている。その、変化期だと思った「あること」を知るのに夢中になっていて、ブログをさぼってしまったというのがあるのだ、申し訳ないことだけど。
 その始まりというのが昨年の11月下旬か12月初旬ぐらいに、大きな赤毛のキツネが明け方に私が寝ているベッド横に現れたことが最初だった。それ以来、たいへん興味深いことが次々とわかってきて、「やはり人間には運命のようなものがあって、知らずしらずのうちにそれに従って行動しているのだ」と強く感じるようになった。もちろん私は昔から人間は運命に従って動いているのだろうとは思っていた、しかし今回ほど神の計らいの完璧さを、驚愕と実感と感激を持って受け入れたことはない。

 今日は、映画の予告編程度に、その「あること」を書こうと思う。
 本当に少しだけだ、なぜならすべて書こうと思えば、私の結婚や私が子供の頃から住んできた土地、それに絡む霊や氏神、私の霊的な体験、日本の神話や古代史など次から次へと話が続いて短期間ではすべて書くことができない。その上、話の内容の中心は自分自身のプライバシーそのものである。今時、そう簡単にプライバシーのすべてをネットにさらけだしてしまうわけにもいかないだろう。だからすべてを伝えるには、本当は直接会って話して、久々に私のマシンガントーク(?)で膨大な量の内容を一気に吐き出してしまうのがいいかな?などと思うわけだが、どう思いますか?

 まあ、前置きがダラダラと長くなったので、そろそろ本当に映画の予告編程度の「あること」を書こうと思う。
 
 「あること」とは、2年か3年前に、寝ている私のお腹の上に立った「神柱(かみばしら)」の話である。
 結論を先にいうと、もしかしたらその神様のお名前が、今頃になって「もしかして、この神様なのかな?」と思うようになったということだ。正確にいうと、その時から今回のご神名に到達するまでずっと根気よく誘導してきてくださったような、そんな気がするが、あまり大きな口をたたくのも恥ずかしいので、とりあえず、あまり大げさなことはいわないでおこうと思う。
 この話は当時、別のブログに閲覧者の制限を設けて話していたのだが、初めて読む人も多いだろうから、もう一度、ざっとその神柱の話をしておこう。それにこの話を知っている人にも、当時の私の解釈が、その神の名前をまったく知らなかったためにひどく的違いな解釈になってしまい、それをお詫びすると共に訂正する意味でも、もう一度書いておこう。

 
 当時、その真夜中に目が覚めた私はビックリした。
 私のお腹の上に、真っ白な光を放つ柱状のものが立っていたのだ。
 例えば、金縛りに遭って動けないところに、誰かが首を絞めにきただとか、写真に何か写ってますだとか、あそこに立ってるの誰?とか、今の声は誰?とか、そういう経験なら山ほどあるが、光が柱状になっているのか、柱状のものが光っているのかわからないが、とにかくお腹の上に光る柱が立つなんて、生まれて初めての経験だった。
 身体は自由に動かすことが出来た。痛みもない。
 初めて見たものだったが恐怖感はまったくなく、むしろ部屋中に広がる透きとおる空気と、その柱から放たれているのか、銀の粉のようにも、光の粒のようにも見える細かいキラキラが部屋中に降りそそいで輝く景色の美しさに私は見とれた。「静寂」という言葉があるが、空気の動きはまったく感じられず、その時の寝室の空気は静寂をさらに極めて「無」に近いような気がした。
 その柱は天井を突き抜け、どうやら屋上も突き抜け、どこまでも天高く伸びている様子である。霊視してみても、先端など見えやしない。
 動くとその美しい世界が消えてしまいそうな気がして、私はじっとしたままその柱を眺めていた。
 柱は何も動かない、もちろん話しかけてくることもない。ただ私のお腹の上に立っているだけなので、やがては私もうつらうつらし始め、眠りに落ちてしまった。
 そして夢を見た。
 私は夢の中で、どこか知らない場所に立っていた。
 私自身は乾燥して固くなっている地面に立っているのだが、何メートルか先からは水分を多く含んだぬかるみのような地面が広がっていた。
 そのぬかるみはどこまでも広がり、そして人も家も、いや、それどころか木さえ見えない、本当に何もない。そんな、おそらくは何キロ四方にもわたって、ひたすらぬかるんでいるだけの何もない土地の、なぜか少し土地が高くなって土が乾燥している部分に私は立っていたのだった。
 印象的でよく覚えているのが地平線である。太陽の光が微かに見えるようだが、これがやがて朝焼けになっていく光なのか、逆に消えていって夜になるのか、それもわからなかった。この薄暗さに不安になり、「今は夜明け前なのか、それとも黄昏時なのか?」とひどく気になったことを覚えている。
 そして場面は突然変わり、大昔の人(例えば聖徳太子の時代よりも以前の雰囲気)が着ていたような衣服を身に着けた男性が、なぜか泣いて怒っている姿を、少し離れて私は見ていた。その場面は一瞬のことで、実際強く印象に残っているのは、水分の多い土地がずっと広がるところの高い場所に立っている場面のほうだった。薄暗くてすべて見渡せないながらも、自分だけ救出されたかのように固い地面の上に立って、水分を多く含んだ土地を見渡しているのが、やけに印象深かった。
 そこで朝になって目が覚めたのだと思う。柱状のものは、さすがにもう消えていた。

 私はこの柱と夢に関して、当時、自分なりの解釈を展開してみた。
 名古屋市千種区の辺りは、昔、湿地帯があったそうだと聞いて、その湿地帯にいた水神なんじゃないかなんて思ってみたのだ。私が見たのは、その湿地帯だったのではと考えたのだ。
 何で名古屋市千種区だと思ったかと言えば、ある人がネットで不動産物件を見ていて、千種区のあるマンションの画像に、白い柱のようなものが写っているけれど何だろうかとメールを送ってきた。真夜中に近い時間だったので、メールを大ざっぱに読んで、緊急の返事が必要でないことがわかると、画像も見ないで「明日返事をしよう」と思って寝てしまった。そして、それはその夜の出来事だったからである。だから千種区の特定の場所にまつわる、水神の姿かと思ったのだったが、それはあまりにも的外れな解釈だった。

 後日、自分の先生にその話をして、それは「神柱」というのだと教えてもらい、初めてあの真っ白な光を放つものが神柱だと知った。
 私は22~23歳ぐらいの時に、いきなり後頭部から何かの巨大なパワーのようなものが入ってきて、それが尾てい骨辺りでUターンし、また脳天から出て行った時に、宇宙に飛び出すほどの魂の広がりを感じたことがある。実際、それ以来霊感の質というものが大きく変化したし、神のパワーというのはこういうものだと思いこんでいた。本当に私は無知で、このように神柱として静かに穏やかに降臨されることがあるというのを知らなかったのである。
 「最近の霊能者で神柱が立つ人なんてあまりいないからなあ」と誉めてもらったが、私は実感もなく、他人事のようにポカンとして「へえー、そうですか」と答えていたものだ。
 「それって水神ですか?」と、今から思えばトンチンカンなことを聞いた私に、先生は「いや、この神は水神じゃない」とおっしゃった。その時に「この神は」とおっしゃったので、「やっぱり神様には違いないんや、霊ではないんやなあ」と思ったのを覚えている。
 こういうことはすべてを聞いてはいけない、自分で答えに到達するものである。実際、先生はわかっていたのだろうに、それ以上は何もおっしゃることはなかったし、私も、時がくれば自分で答えに到達するのだろうと思って何もいわなかった。ただ、自分でも当時からおかしいなと思ったのは、水神があんなに天高く昇っていくわけがないということだった。水辺はだいたい低い場所にあるものである。
 こんな風に、あの神柱の神様に関しては何の知識もなかったために、とっかかりさえつかめずにトンチンカンなことをいっていたのだった。

 今、思うのはご神名はともかく、あの広大な湿地帯、あれは濃尾平野なのだと思う。
 そして私が立っていたのは、古代日本の愛知県稲沢市、一宮市辺りの風景だったと思うのだ。
 もちろん夢の中にいた、あの時間帯にも意味はある。「この薄暗さは、これから夜になるのか、朝になるのか」と気になった記憶があるが、「あれは、この神様か?」と見当をつけたら、今となっては「どちらでもよい」ことがわかった、いや、どちらでも「正解」というべきか。

 と書くと、当然「どうしてそう思ったのですか?」とか「京都に住んでいるnakajimaさんが、なぜ古代の愛知県と関係があるのですか?」と聞きたくなると思う。
 そう、「どうしてそう思ったか?」。その自分なりの結論に行きつくまでの話が、またビックリの連続でおもしろいのである。その話は、私の先祖、そして主人の先祖の話にまでさかのぼって縁をつなぐ。
 今回、私はその神柱のことなど失礼なことに完全に忘れていた。最初に書いた赤い被毛をまとった大きなキツネが現れてから「あること」があり、その流れで「別のあること」を調べていたら、次々と自分の人生の「点」だった出来事がつながって「線」になって行き、偶然だったのか必然だったのか最後はその神柱の話に行きついてしまい、私自身が驚愕したのだった。
 
 その赤いキツネ(こう書くとインスタント麺に見えるが)は、その神様の眷属のように思う。
 そういえば、初めて出会ったのも、神柱が立つ何ヶ月か前だったような気がする。
 当時、まだ勉強会なるものをやっていて、ある霊感の強い参加者が関東の稲荷社から連れてきたのだった。霊感の強いその人が「この稲荷社で憑けた」というのだからそうなのだろう。
 そのキツネは、その人の肩の後ろにいたのだが、私がその姿を認めると大きなのと中ぐらいのが2匹、ピョンとジャンプして私のところに飛び込んできた。
 先生には、主人の商売を手伝いに来たといわれたか何だったかだが、あまり覚えていない。「つまり、善いキツネなのね」と思ったことだけ覚えている。そうそう、稲荷の中ではかなり高位にいるキツネだともいわれた。
 私は神柱と共に、このキツネのこともきれいサッパリ忘れていた。実際、姿を見せることもなかったし。
 ところが昨年の11月下旬か12月上旬あたりのある明け方、突然私のベッドの横に現れたのだった。
 初めて会った時と同じだ、私が目を覚ましてそのキツネと目が合ったら、勝手にブワッと布団がめくれあがり、キツネがやはりピョンとジャンプしてベッドの中に飛び込んできたのだった。
 
 まあ、そんなことだ。
 ここで「あること」といってぼかしている部分を、そしてもっと詳しい話を、そしてその神柱の神様について話をしたいと思うのだが、先に書いたように、ここでは書けない。
 すべてをお話する機会ができることを望みつつ、残念ながら今日はここまで。




 

第11回の3

自分を大切にするために「つかんで放す」

 

 自分を大切にしようとするあまり、自分というものにしがみついてしまうことがある。「しがみついてしまうことがある」というよりも、むしろそういう人のほうが多いかも知れない。自分では気がつかないのだけれど、いつのまにかそんなふうになっている。
 自分を大切にするのと、自分に固執するのは似ているけれど違う。
 自分を大切にしようとして、自分のやり方や考え方にこだわりすぎたり守りすぎたりすると、心は詰まる、身体も詰まる・・・となるので、心はストレスで詰まって悲鳴をあげ、身体もあちこち詰まってくる。それで自分が辛いものだから、ますますガチン!と固くなって自分を守りすぎたりしている。このレベルになると、性格にも影響を及ぼしてくるので、「余裕のない人」「必死な人」「自分のことしか考えてない人」、つまり「「生きることを楽しんでいない人」になってくる。
 
 確かに、生きるというのは思いどおりにならないことが多くある。いや、多くあってどころかほとんど思いどおりにならないかも知れない。思いどおりにしようとして自分の我をとおすと、それゆえの被害(?)を被った身近な人たちから嫌われたりして、人生にとって最も価値のある宝物のひとつ、「愛される」という機会を失うし、逆に自分自身をひっこめてしまえば、他人に振りまわされて妥協ばかりしなければいけなくなる。それはそれで大変なストレスである。
 これらをどうすればいいのかなんて私もわからないし、多分完璧に解決できる人はいないと思う。

 それで、だ。やはりこういう時も「つかんで放す」ということが大事だなと思うわけだ。
 ずっと以前から、物事というのは「つかんだら放すのが重要」といってきたし、私自身も生活のさまざまな部分で、いつも「ここで、つかんだら放すことは重要だろうか」と考えてきた。しかし、どんな時でも、やはりそう思う。
 同じことをくり返すが、自分を大切にするのと自分にしがみつくのは似ているけれど違うのだ。本当に自分を大切にするなら、自分を縛っているやり方や考え方を一度手放すほうが良い場合もある。
 「放す」といっても簡単ではないかもしれない。意外に勇気がいるものだ。人間は、それぞれいろんな自我にしがみついている。プライドのない人間も困ったものだが、だからといって高すぎるプライドが自分の心を詰まらせて縛っているのであれば、それを手放すことを考えなければならない。自分自身の慣れたやり方や思考回路は慣れているので楽だ、だからできればそれを放したくない。でも、それが自分を詰まらせるようであれば、やはり一度頭の中でそれらを真っ白にする必要があるだろう。
 といっても、まだまだ実行するには難しいと考えるかもしれない。頭の中ではそれをわかっていても、プライドを捨てるのは相当な勇気が必要だし、自分のやり方や考え方は、たとえ周囲と摩擦を起こしても自分はそれが絶対に正しいたった一つの方法だと思っているし、自分は他のやり方なんてできない人だとも思うだろう。

 こういう考え方は、いろんな人がいろんな表現で同じようなことをいっている。
 「捨てる」ということの必要性を説く人もいるし、「あきらめ」も必要なのだという人や、「欲しがらない」ことで幸せになれるという人もいる。
 これらは本質的なところにおいてはだいたい同じことをいっていると考えてよい。
 だけど、私がいっている「つかんだら放す」というのは、もちろん同じことをいっている部分もあるのだが、ただただ「捨てろ」「あきらめろ」「欲しがるな」といっているのではない。むしろ私が力説したいのは、「つかんだら放せ」ということだけではなく、放すとどうなるか、「そしたら、やがてまた大きくなったり形を変えたりして戻ってくるよ」ということ、まさにこの部分なのである。
 
 これがどういうことなのか具体的な例を挙げて説明すると、こういうことである。
 これは恋愛に当てはめると、とてもよくわかる。
 例えば、恋人といつも一緒にいたい、独り占めしたいという考えから、相手をいつも監視してがんじがらめにしているような関係はどうだろうか。最初のうちはいいけれど、だんだん相手が納得できなくなり自分のことをうっとうしく感じてくるのではないか。そのことにまた不安になって、最近冷たいなどと思い、またしつこくメールや電話をする、相手を責めるなどして、相手を自分の思いどおりに動かそうとする。すると相手との間に摩擦が起きる。またうまくいかないので、さらに焦って相手を縛りつけておこうと監視する。これが続けば、いずれこの恋愛は終わってしまうだろうと思う。
 心も同じことなのだ。自分にしがみつくというのは、今書いたことを一人でやっているのと同じことなのである。
 ここで少し相手から離れてみよう。実際に距離をおくか、あるいは「思い」だけを放してみてもいい。
すると相手との関係の形や距離、感じ方などすべてが変化してくるのに気がつくと思う。
 もしかしたら、そのまま「さようなら~」ということになるかもしれないけど、それはそれで、また別の恋愛が待っているという可能性ができたということでもあるし、一旦別れて考え直したら、やっぱり相手が戻ってきて以前よりも関係は良好ですなんてこともあるかも知れない。
しがみついたままで無理に引きちぎったような終わり方をする恋愛よりも、少しでも「つかんだら放す」ことの大切さをよく自覚して、そして終わった恋愛のほうが、まだ気分的には辛くないのではないだろうか。ギャンブル的で怖いけれど、「放す」ことを怖がっちゃダメだ。ギャンブルは勝ったり負けたりするけれど、さて、手放して勝つか負けるか、つまり自分の望みに近いことが起こるか、反対のことが起こるかはわからない。でも放さなければ次のステップがないのだから仕方がない。それを肝に銘じる勇気や覚悟は、生きていく限りは必要なことである。

 いずれにしてもガチガチに凝り固まっている考えからは何も新しいものが生みだされない。ここは勇気をもって「ホイッ!」と手放したほうが良いわけだ。
神様は悪いようにはなさらない、神様にすべてお任せして自分はそれに従うのである。そう思って勇気をだして手放してみる。すると、いつか形を変えたり大きくなったりして元のところに戻ってくる。そしてそれをつかんで、また成長したり、新たなつながりができて人生が変化していったりする。人間は、そういうことのくり返しなのだ。

 自分を大切にするというのは、決して自分にしがみつくことではない。
 自分をいたわるのは大切なことだけど、いたわっているつもりが自我に固執しているのではとても辛いことになっていく。そうであれば本末転倒である。
「つかんだら放す」、結局はこれが一番自分を大切にしていることになるのではないかと思うわけだ。



 

 ここから先はかなりどうでもいい話なので読んでいただかなくてもかまわないのだが、これを書いていてあることを思い出した。
 幼稚園ぐらいか、それ以下の年齢だったのに妙によく記憶していることがあって、それはキャンディーの入っているビンに手を入れたら抜けなくなって大泣きしたことだ。
 もちろん、つかんだキャンディーを放したら手は抜けるのだが、日頃えらそうなことをいっているわりに食べ物に意地汚い私は、幼いころからすでに意地汚かったらしく、どうしてもキャンディーをわしづかみにしたままビンから手を抜こうとしていたのだ。
 台所で料理をしていた母が大笑いして「飴さんを放しなさい」というのだが、その理屈がわからず、つかんだままワーワー泣いていたのである。(ちなみに京都では大阪のように「飴ちゃん」といわずに「飴さん」という人もいる。飴に何の義理があるんだろうか)
 「だからー、放しなさいって。ほら、手をパー!ってしなさい」と母がひっくり返って笑っていて、それを見て子供心にもカチンときたのを覚えている。
 他にも「あー!それ私が食べようと思ってたのにー!」と怒鳴りつけ、怒鳴られてビックリした主人が口に入れたプリンを思わず吐き出したとか、中華料理店で酢豚に入っていたパイナップルを主人が食べたのに腹を立てて「パイナップルは私のものでしょ?最初から決まってんの!」と怒って喧嘩になり、厨房の奥から店主が小皿にパイナップルを盛ってやってきて、「パイナップルはたくさんありますから、どうか仲良くしてください」といわれたり、書き連ねたらキリがないほど、身内の中で「意地汚い伝説」を作りあげてきたなあと思う。
いや、何?といわれて何だという話でもないのだが、食べ物に関しては「つかんだら絶対放さないなあ、私」という話である。
 食べ物は別だ。あれだけは手放したら、戻ってこない。形を変えて戻ってきたら、特に欲しくもない別の食べ物になっていたりするから、やはり欲しい食べ物は素早くしっかり確保しておくべきである。
 そして、これが本日の結論ではないので、読み間違いのないようよろしくお願いします。






  

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